友人が利尻島の会津藩士の墓の写真を送ってくれました。 会津藩は1808年に北方警備に出陣、寒さや水腫病、難破などで多くの犠牲者を出しています。 これまで「会津藩は雄藩だから」の一言で済まされていましたが、会津藩はその情報力によってロシアの脅威に対して強い危機感を有していたことを、「攬勝亭」が証明してくれました。
北方警備に指導力を発揮し、引退後攬勝亭に住むことを許された丹羽能教の墓碑銘は、…
友人が利尻島の会津藩士の墓の写真を送ってくれました。 会津藩は1808年に北方警備に出陣、寒さや水腫病、難破などで多くの犠牲者を出しています。 これまで「会津藩は雄藩だから」の一言で済まされていましたが、会津藩はその情報力によってロシアの脅威に対して強い危機感を有していたことを、「攬勝亭」が証明してくれました。
北方警備に指導力を発揮し、引退後攬勝亭に住むことを許された丹羽能教の墓碑銘は、…
戊辰戦争激戦地の白河市稲荷山ある会津藩士の銷魂碑をやっと訪ねられました。 旧奥羽街道脇にひっそりと立っています。
1868年5月1日の激戦で約700名の会津藩士が戦死しました。
大正3年(1914年)に竣工した白木屋の3階建土蔵造の店舗ですが、オープンの日までは判りませんでした。 この度、渡部市会議員から会津日報に開店のことが掲載されているとの情報をいただきました。
早速、図書館に行って調べたところ、大正3年4月11日の会津日報に記事がありました。 「4月10日より新店において開業」とあります。 従って、現在の店舗は大正3年(1914年)4月10日オープンと判明しま…
皆様のご支援をいただきながらの攬勝亭保存運動でしたが、残念ながら会津若松市長の理解を得られぬまま、破壊、分譲地工事が進んでいます。 といっても大きな庭木の特殊伐採など、大変な工事のようです。 1月後半に、市文化課から「緑地には容保公の歌碑 と享保19年の九華堂東三句碑のみ残す」との連絡が市会議員と通じて突然ありました。 急遽、石碑や石造物の救出活動が始まりました。
お茶室前の攬勝亭碑。 見事…
天気予報は晴れなので、久しぶりに猫魔スキー場へ向かいました。 ところが、物凄い風です。 駐車場からスキーハウスまで行くだけでも大変でした。 というわけで、スキー場を目の前にしてスキーは断念。 今年はなぜか水曜日の天気が悪く、まだ1回しか滑れていません。
それにしても、さすがに裏磐梯。 若松市内は春めいてきたのですが、まだまだ冬の世界です。
今年は結構な大雪です。 石灯籠も雪の重みで傾いています(先週の地震のせいかな?)。 ただ気温が高いせいかすぐ溶けるのですが、なにせ雪の降る量が多い。
ちょっと油断していたら、屋根の落雪が窓に達していました。 雪の重みで窓が割れないように対策が必要です。
猪苗代ミネロスキー場で初滑りです。 今シーズンは、いなスキ!クラブに入会すると、なぜか「平日はリフト無料、駐車場無料」です。 10時少し前に駐車場に入りましたが、間もなく第一駐車場は満車になりました。 例年だと、ゆったりと車を止められるのですが、無料の魅力は強い。
ミネロ第一リフトの終点に、ベルが設置されていました。 好奇心の強い私は、ベルの紐を大きく引いてみました。 鐘の音がゲレンデに大き…
コロナウィルス下の十日市。 「初市」と称して、縮小して開催されています。 日曜日なので、本来はもっと賑やかになったのでしょうが。
白木屋では、例年通り店頭での十日市参加です。 B級品は普段から特価品コーナーで販売していますので、最近はあまり並べる物もありません。
(天気が)荒れる十日市と言われているのですが、日本海側の大雪に対して、会津若松はほどほどの降雪です。 今年は静かな十日市となりまし…
明けましておめでとうございます。 正月元旦には、氏神様の諏方神社に初詣です。 昨日大晦日の年越の大祓とは違ってすっかり雪景色になりました。
続いて、いろいろとお世話になっている大和田八幡神社にお参りします。 雪景色の大和田八幡神社は久しぶりです。
12月31日、午後3時というのに外気温は零下。 とても寒い大晦日です。 元旦前日の静かな諏方神社で、年越の大祓です。
コロナウィルス対策で鈴も使えません。 鈴をガラガラと騒々しく鳴らさなくても、神様はお参りに気が付いてくれるといいのですが。