正面が日本でいうベサキ寺院(PENATARAN AGUNG)です。 雲の中にAgung山が隠れています。 帰りの飛行機の中で見た日本語新聞「ジャカルタ新聞」には、この朝6時にAgung山が噴火したとありました。 しかし、いたって穏やかです。 さて、真っ直ぐベサキ寺院に行くのかと思いきや、右手の芝生前の寺院に入っていきます。
こちらは、BASUKIAN。 ベサキ寺院の中で一番古いお寺です。 起…
バリ島でのお葬式4 ベサキ寺院へ
翌12月30日は、ベサキ寺院に向けてSyngarajaを朝5時に出発です。 乗用車3台、マイクロバス1台、そして御供をたくさん積んだ小型トラックと大所帯です。 保養地で観光地のキンタマーニ経由ですので、Pura Ulun Danu Batur (バトウール湖の先端の寺)にも寄ります。 もちろん、バトウル山の麓でもあります。
お参りは、代表で済まされました。 今回、姉とともに、その数か月後に亡…
バリ島でのお葬式4 また家社でお祈り
お祈りは、まだまだ続きます。 午前中の玄関前の広場の御祈祷台、祭壇は片付けられ、家社merajan に御祈祷台が移されています。 御詠歌を捧げるのは、やはり一族の長老です。
神格化された祖霊を祀る社の前で、またお祈りです。
バリ島でのお葬式3 火のお社、風のお社
次はPura Desaです。 地区の集会所のお社です。 日本でいう鎮守様でしょうか。 ブラフマ神なので、火のお社です。
地区の宗教活動や村の集会をおこなう鎮守様のせいか、なかなか立派です。 華やかさも感じます。
バリ島でのお葬式2 水のお社
自宅のMerajanでの儀式が終わると、Pantai bll(ブレレン浜)(Syngarajaはブレレン県にあります)に移っての儀式です。
風を呼び、聖水を撒き、花びらを捧げます。 浜から顔を出している子供たちはご愛敬。
バリ島でのお葬式 その1
バリ島での姉の葬儀の日程です。 12月29日、30日と行事が続きます。 既にスラバヤで火葬されているので、御霊送りとでも称しましょうか。 姉はバリ島シンガラジャ出身の国費留学生と結婚し、約50年前にインドネシアに移りました。 スカルノ政権からスハルト政権に変わったばかりで、物不足で粉ミルクにも困る時代でした。
朝8時過ぎ、玄関前に設置された祭壇でお祈りが始まります。 お祈りを取り仕切るのは…
ジャカルタの空港で迎えた新年
姉のバリ式本葬に参列のため、バリ島を訪問。 成田発デンパサール行きの飛行機は出発が22時間も遅延、デンパサールの空港は人、人で爆発寸前、イミグレーションは信じられないような長蛇の列。 しかし、そこは年寄りを大事にするバリ島。 60歳以上の優先窓口を発見、30分で通過できました。 帰りは予約が取れず、ジャカルタ経由の帰国です。
日本時間、バリ島時間(+1時間)、ジャカルタ時間(+2時間)と、新…
雪囲い
12月19日、お庭の雪囲いが始まりました。 今年は雪も遅く、好天の中の珍しい雪囲いです。
荒縄もこんなにたくさん使うんです。
晩秋の会津鉄道と下今市駅転車台広場
12月13日の初冬の会津鉄道が紹介が先になってしまいましたが、晩秋の11月25日にも東京往復をしました。 たった18日程度の差ですが、冬に向かう足音の速いのが分かります。 晩秋の会津盆地は、よく濃霧になります。 7時55分、濃霧の中を入線するAIZUマウントエクスプレス4号です。
9時も過ぎた奥会津(南会津)です。 濃霧はすっかり消え、七ケ岳がくっきりと望めます。
初冬の会津鉄道で東京往復
12月13日、漆器組合の仕事で東京往復です。 時間に余裕のある時は、旅行気分になれる会津鉄道・野岩鉄道・東武鉄道を乗り継いでの東京往復です。 JR只見線七日町駅に、少し雪化粧した磐梯山をバックにしたAIZUマウントエクスプレス4号が入線してきました。 7時55分発、東武浅草駅12時15分着です。 乗換は、鬼怒川温泉駅での一回だけです。
雪のなかった会津盆地から奥会津(南会津)に入ると、薄っ…