5月1日、善龍寺の奈与竹之碑碑前祭に参列してきました。 石碑の名前は、戊辰戦争時に国家老西郷頼母の妻智恵子が自刃した際の時世の句からとっています。 「なよたけの 風にまかする 身ながらも たわまぬ節は ありとこそきけ」 昭和3年に建立された石碑の裏側には、戊辰戦争で亡くなった会津藩の婦女子233名の名前が刻まれています。
焼香のあと、葵高校の女子生徒による生徒による舞踊奉納がおこなわれました。
5月1日、善龍寺の奈与竹之碑碑前祭に参列してきました。 石碑の名前は、戊辰戦争時に国家老西郷頼母の妻智恵子が自刃した際の時世の句からとっています。 「なよたけの 風にまかする 身ながらも たわまぬ節は ありとこそきけ」 昭和3年に建立された石碑の裏側には、戊辰戦争で亡くなった会津藩の婦女子233名の名前が刻まれています。
焼香のあと、葵高校の女子生徒による生徒による舞踊奉納がおこなわれました。