会津若松七日町便り

会津若松市勤労青少年ホーム ホーム祭

会津若松市勤労青少年ホームのホーム祭を覗いてきました。 勤労青少年ホームは、会津若松市に働く青少年 (15歳~35歳)が、健康で楽しい余暇を過ごすための施設です。 一般財団法人会津若松市勤労者福祉サービスセンター(あしすと)が、指定管理者として、会津若松市勤労青少年ホームの管理運営を行っています。

昼少し前に覗いたのですが、若人からお年寄りまで賑わっていました。 私も、クラブや講習会参加…

今年は豊作のようです。

夏の暑さもあり、今年の米作は豊作のようです。 「磐梯山は宝の山よ~」。 磐梯山が黄金色に包まれています。

9月に入っての雨模様で米の収穫は少し遅れたようですが、稲刈りは一気に進んでいます。 黄金色の田んぼを眺めていると、心もなごみます。

                    [A記]

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戊辰150年 平成30年度戊辰殉難者秋季祭典

9月23日10時より、長命寺で戊辰殉難者秋季祭典が執り行われました。 本年は戊辰150年、節目の年でもあります。 戦死墓とのみ記された墓石を前に、本年も戊辰戦争で無念の戦死をした会津藩士を弔います。
戦死者の霊を弔うかのように、彼岸花がきれいに咲いていました。

夏の会津鉄道で東京往復

やたら暑い夏ですが、会議で東京へ。 時間的余裕もあるので会津鉄道経由です。 七日町駅7時55分、磐梯山をバックに、「AIZUマウントエキスプレス」が入線します。 北千住12時02分、浅草12時15分到着予定です。
田んぼの実りを眺めながら、ビールで一息。 のんびりと車窓を眺めながらビールを呑みたくなるのは、会津鉄道の弱点か、強味か?

殉節之碑を発見!

昭和63年に新潟県護国神社に戊辰役東軍慰霊碑を建立にするにあたり、石材店主に相談したところ、「子供の頃、祖父から新潟大神宮の境内に会津の碑を建てた、と聞いた覚えがある」と、意外な話になりました。
新潟大神宮の宮司も知らないと言います。 境内を調べたところ、それらしき碑を発見するも、一面苔むして字は砂に埋まってしまっていて全く読めません。 石材店に頼み、碑をきれいに洗ってもらいます。

新潟県護国神社には東軍慰霊碑が既にあった!

戊辰役東軍慰霊碑建立の場所は新潟県護国神社の戊辰霊苑が相応しいと考えられましたが、東軍戦死者は賊軍とされています。 招魂社の流れをくむ新潟県護国神社が受け入れてくれるかが問題でした。 因みに、靖国神社(旧招魂社)には、会津藩士の戊辰役戦死者は祭られていません。

神社の禰宜に相談したところ、「東軍の遺骨は既に当神社に眠っている」との意外な回答がありました。 慰霊碑の斜め後ろ、薩摩藩士墓の真後…

新潟県護国神社戊辰の役東軍慰霊碑

戊辰戦争120年の昭和63年11月、新潟県護国神社に戊辰役東軍慰霊碑が建立されました。  その前年の昭和62年5月、会津若松の郷土史家・宮崎十三八氏(元会津若松市商工観光部長)が「百二十年鎮魂せず~越後平野に会津藩士の墓なし」という講演をされました。 「越後平野で戦死した会津藩士の墓、慰霊碑も知らない。未だ鎮魂されていないような気がする」と。 毎日新聞に紹介されると反響大きく、新潟商工会議所…

漆掻き、下草刈り講習会

7月12日、今年も炎天下、「漆掻き、下草刈講習会」が開催されました。 今回から講習会に名称を変更。 先ずは、漆鎌(うるしかま)で足元の下草を刈り払い、足場を固めます。

漆掻きの傷をつけやすくするために、漆鎌で樹の皮を削り、表面を滑らかにします。 

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